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ゆうゆう日記

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2018.7.5(木)アーア終わった!「Wサッカーベスト16止まり」

 我が日本代表は、決勝トーナメント、ベルギーとの1回戦で3対2で敗れてしまった。

 後半に1対0になった時はこれはいけると思ったが、更に1点を追加し2対0になった時、これはひょっとして勝つのではと思った人もいたのではないかと思うが、小生は何故かその時、”危ない”と思った。残り時間がありすぎる(30分以上ある)のと、2対0が気に食わないのである。サッカーでは一番危ない点差なのである。次の1点がどちらに入るかで流れが決まってくる点差なので有る。小生の危惧は的中してしまい、次の1点がベルギ-に入ったところで負け試合のパターンに入ってしまい、行き着くところまで行くしかなく負けてしまったのである。途中、「タラ」「レバ」の場面は、いっぱいあったが、一度傾いた「流れ」はなかなか覆えすことができないのである。この「流れ」という”シロモノ”はスポーツ界に限らずどの世界にも言える大きな”何か”なのである。
 
 最後に、4試合を通じて思うに、日本敗戦の最大原因は、「ゴールキーパー」の力不足に尽きる。他国との差は歴然である。”これが結論” 。

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by maruyu2885 | 2018-07-05 16:31 | 雑記

2018.7.2(月)思い出した「ドーハの悲劇」

 サッカーワールドカップの日本対ポーランド戦の日本の戦い方が未だに燻ぶっている。
他力を充てに負けるている方が逃げ切りを図る戦法にだ。やれ、日本らしくないとか、フェアプレーに反しているとか、大方は日本批判が多いようである。
 それはさて置き、小生は、今回の件で、あの時(ドーハの悲劇)を思い出したのである。今から24年前(1994年)のワールドカップアメリカ大会のアジア最終予選で、日本は勝てば、史上初めての本選出場が決まる状況で引分けてしまったのである。それも、1点勝っている状況のロスタイムで1点入れられ引分けにより得失点差で本線出場がならなかった、あの「ドーハ(カタール)の悲劇」である。その時、今回の「守り切る戦法」があれば、ロスタイム間に球回しをし、乗り切れたはずである。今回と違うのは「勝っている状況」と「負けている状況」ではあるが。いずれにしろ、戦略としては、勝ち逃げをする為の戦法である。
 当時、小生はサラリーマン生活をし24年間勤めていた会社を「辞める、辞めない」の話で東京の本社で話し合いをしその後酒飲し、本社近くのビジネスホテルに泊まり、かなり落ち込んでのテレビ観戦であった。敗戦(実際は引分け)の結果、泣き崩れる「ラモス」「カズ」「柱谷」・・・、そして喜ぶ韓国の選手たち(日本引分けで本選出場)が好対照であった。当時、夢のまた夢であった本戦出場が無残にも散ってしまった瞬間である。
 尚、小生はその年末に正式に辞表を書き、翌年5月末に退職をしたのである。あの時とは「1993年10月23日」の夜中であった。(後日ウィキペディアで再確認)
 今回の対ポーランド戦ではいろいろと考えさせられたが、小生には忘れられない”あの時”を鮮明に思い出されてくれた一戦であった。自分史上いろいろな意味で”かなり重い”出来事であった44歳の年末での一コマである。
 さて、今回のワールドカップ、いよいよ明朝(日本時間7月3日3時)に世間の批判を一掃しなければならない「対ベルギー戦」である。結果は、大敗か?。それとも接戦で日本の勝ちか。小生は、ずばり、「2対1」で日本の勝ちと予想。その結果、世界は大騒ぎで、改めて、日本の先の15分間の逃げ切り作戦が正当化され、「西野朗」が大評価を受けるのである。

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by maruyu2885 | 2018-07-02 17:11